未来医工学治療開発センター
レプチン非依存性経路の発見
1-1 セロトニンシグナルと食欲調節
1998年、Nonogakiら米国UCSFの研究グループは、摂食抑制と体重減少に関する「レプチン非依存性経路」の存在を世界で最初に発見し、セロトニン5-HT2C受容体のエネルギー代謝における新らたな役割を報告しました(Nonogaki K et al., Nat.Med 1998)。
肥満、過食症と拒食症
従来、視床下部の満腹中枢-交感神経系と摂食中枢-副交感神経系は、脳内スイッチのON,OFFで食欲と自律神経系が同様に制御されていると信じられていました。Nonogakiは、5-HT2C受容体欠損マウスでは若年成人期にレプチン非依存性過食と身体活動量の増加といった行動の変化が、インスリンやコルチコステロン等のホルモン異常を伴わずに生じ、その行動異常が持続すると、加齢に伴い2次的に交感神経系の白色脂肪組織へのシグナル伝達障害を起こして中年期肥満と代謝異常を生じてくることを見出しました。この事象から、食欲と自律神経系の中枢性制御は解離しており、生体内には中枢神経系と代謝器官間に「自律神経回路」が存在し、その回路の伝達障害が中年期肥満を誘発するという理論を世界で最初に提唱しました(Nonogaki K, Nat.Med 1999, Diabetologia 2000, Diabetes 2003)。この理論はその後、数々の報告で実証され、近年、国内では、その求心性神経経路と共に「臓器間ネットワーク」という表現に名に変えて称され、新たな治療への応用が検討されています。
うつ病とオルト·エブラ
UCSFの同僚であったHeislerは、Elmquistらと共に、5-HT2C受容体の1部が視床下部弓状核のPOMCニューロン上に存在し、セロトニンの食欲抑制シグナルはPOMCニューロン上の5-HT2C受容体を介してメラノコルチン系に伝達されることを報告しました(Heisler L et al. Science 2002)。このメラノコルチン経路はレプチンの食欲抑制シグナルも受容します。では何故、セロトニンとレプチンのシグナルが独立的に伝達されるのでしょう?
近年、レプチン非依存性にメラノコルチン系を介して食欲抑制作用を有するペプチドとしてNUCB2が発見されました。我々はNUCB2の遺伝子発現は脳内で5-HT2C受容体を介してセロトニンによって制御されており、NUCB2は5-HT2C受容体シグナルの下流にある食欲抑制ペプチドとして位置づけしました(Nonogaki K et al., BBRC 2008)。
くる病は、固定することができます
一方、神経終末端の後シナプスニューロンに存在する5-HT2C受容体と前シナプスニューロンに存在する5-HT1B受容体は相補的に食欲のシグナル伝達を担うことを我々は見出し、5-HT2C受容体が障害されていても、5-HT1B受容体を介してセロトニンは摂食抑制を起こすことを発見しました(Nonogaki K et al., Int. J. Neuropsychopharmacol 2008)。抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の1種であるフルボキサミンは、糖尿病、肥満症、過食症等に共通したあるタイプの過食病態に対して顕著な過食抑制作用を発揮します。過食モデルマウスでは5-HT2C受容体欠損とβ-endorphinヘテロ欠損のダブルノックアウトマウスにおいてフルボキサミンが食欲抑制作用を発揮したことから、5-HT2C受容体だけではなく、β-endorphinのシグナル伝達系がフルボキサミンの過食抑制効果の発現の鍵を握ることが示唆されました(Nonogaki K et al., Int. J. Neuropsychopharmacol 2009)。更に、5-HT1B受容体を介したセロトニンの摂食抑制効果には視床下部でPOMCだけでなくOrexinの活性が必要であることも新たに発見しました(Nonogaki K et al., Int. J. Neuropsychopharmacol 2010)。
こうした薬物の作用機序に関する基礎的な解明が進む中、米国では選択的5-HT2C受容体刺激薬Lorcaserinが抗肥満薬として開発され、臨床試験で体重減少の有効性が認められました(Smith SR et al. N Engl J Med 2010)。Lorcaserinは、セロトニン放出促進・再取り込み阻害薬であるFenfluramineやセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるSibutramine等の従来の抗肥満薬とは異なり、5-HT2C受容体により選択性が高いので5-HT2C受容体が存在しない心血管系への副作用が回避される点で期待が持たれています。一方、脳内5-HT2C受容体はセロトニン以外にも新規糖尿病治療薬の腸管ペプチドGLP-1や抗がん剤のCisplatinによる食欲抑制シグナルを受容することが報告されてきました。
このように、あれから12年が経った今、5-HT2C受容体は、種々の薬物や神経ペプチドとのネットワークを有するレプチン非依存性伝達経路の代表的受容体として、また、治療開発に重要な標的として再認識されつつあります。我々は、5-HT2C受容体―メラノコルチン系のシグナル伝達機構を解明すべく、種々のノックアウトマウスを持ち、更に、後天的に脳内遺伝子機能を減弱させるノックダウン技術を開発しました。これらのモデルマウスを用いて、抗肥満薬の作用機序や神経ネットワークを研究しています
1-2 Social Isolationストレスによるエネルギー消費
我々は、Social Isolationによる食欲抑制とエネルギー消費の亢進が,レプチン非依存性、かつ、セロトニン5-HT2C受容体非依存性の新しい経路によることを発見しました(Nonogaki K et al., Endocrinology 2007)。このSocial Isolationによる体重減少と24時間絶食後re-feedingによる"Catch up weight gain"には、加齢因子とβ-endorphinが影響を及ぼします(Nonogaki K et al., BBRC 2009)。更に、このSocial Isolationによる体重減少反応には視床下部領域のserum- and glucocorticoid-inducible kinase 1 (SGK1)と末梢組織のα-adrenergic receptorが関与することが示唆され、エネルギー消費における新たなレプチン非依存性交感神経経路として関心が持たれます(Kaji T et al., Front. Biosci, 2010)
0 コメント:
コメントを投稿